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医薬品特許戦略ブログ 第25回:先発対後発医薬品の特許係争最前線(3)エリブリン

先発対後発両サイドの特許戦略に必要不可欠な知識や最近の話題をお届けする「医薬品特許戦略ブログ」を配信します。製薬関連企業の皆様はもちろん、アカデミアや投資家の皆様にも参考にしていただけるような、実践的なポイントをお届けしたいと思います。

今回は、先発対後発医薬品の特許係争最前線(3)エリブリン

1.事件の概要
特許権侵害差止請求権及び損害賠償請求権不存在確認請求事件

第1審:東京地判令和4年8月30日令和3(ワ)13905号
第2審:知財高裁判令和5年5月10日令和4(ネ)10093号

(原告・控訴人:ニプロ株式会社、被告・被控訴人:エーザイ株式会社、エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社) 

先発品ハラヴェン®静注1mg(有効成分:エリブリンメシル酸塩)は、エーザイ株式会社が2011年4月22日に承認を受けた抗がん剤です。最初に承認された効能効果は「手術不能又は再発乳癌」であり、2019年4月21日まで8年の再審査期間が付与されました。
 一般に、後発品はより早く承認を得て市場に参入するため、再審査期間満了後すぐに申請することを目指します。再審査期間は先発品の医薬品インタビューフォーム(IF) を見ればわかりますが、特許については、独自に調査を行って状況を確認する必要があります。再審査期間満了後に、後発品参入の障害となる先発特許が存在する場合、パテントリンケージで問題とならない様、抵触有無と特許の有効性を精査したうえ、後発品の審査期間(約1年 )と承認時期(2月と8月の年2回、いずれも15日頃)を考慮して申請時期を決定します。
 よって、ハラヴェンの場合、最初に承認された効能効果「手術不能又は再発乳癌」については、2019年4月21日までの再審査期間を過ぎれば後発品の申請が可能です。ところが、ハラヴェンの有効成分であるエリブリンメシル酸塩は、特許4454151号(物質特許)がありました。この特許の満了日2020年8月25日(筆者調べ)までは後発品は承認されませんので、これを考慮すると、2020年8月(後発品承認日は同年8月17日)の後発品承認は難しいということになります。そうすると後発品は、その次の2021年2月の承認を目標として、2020年1月頃に申請することを目指すものと思われます。
 ところが、さらに上記物質特許の他、用途特許2件(特許6466339号、特許6678783号:それぞれ、エリブリンメシル酸塩事件の本件特許権1、2;以下参照)があります。そこで原告は、後発品申請に先立つ2021年5月7日頃に、事件の被告である先発企業に「原告医薬品の製造販売は本件各特許権を侵害するものではないから、2週間以内に被告らにおいて原告に対して原告医薬品の製造販売について本件各特許権を行使しないことの確認をするよう求める旨の通知」をしました(エリブリンメシル酸塩事件第1審の判決文)。

  • (筆者のひとりごと)一見妙に思われるかもしれませんが、上記2件の用途特許は以下に示すとおり、先発品が2011年4月22日に「手術不能又は再発乳癌」について承認を受けた後の2012年12月4日に出願されており、「エリブリンメシル酸塩の手術不能又は再発乳癌用途」は出願前に公知なので、後発品(エリブリンメシル酸塩の手術不能又は再発乳癌用途)は権利範囲外、または上記2件の特許は無効と判断される可能性があります。そのため後発企業が先発企業にこのような問合せをしたものと推測します。 

 この通知に対して先発企業は2021年5月21日に、本件各特許権を行使する可能性が有る旨の回答をしました(同判決文)。その後、後発企業は2022年2月25日に後発品の申請を行いました。並行して、本件特許権に基づく債務の不存在確認を求めたのがエリブリンメシル酸塩事件です。

本件特許権1、2とその権利範囲
(i) 本件特許権1:特許6466339号「乳がんの処置におけるエリブリンの使用」
 優先日 2012/12/04、出願日 2023/12/4
【請求項1】(i)HER2陰性乳がん、(ii)エストロゲン受容体(ER)陰性乳がんまたは(iii)HER2陰性、ER陰性およびプロゲステロン受容体(PR)陰性(三種陰性)乳がんを有するとして選択された対象の乳がんの処置のためのエリブリンまたはその薬学的に許容される塩を含み、対象が受けたことのある再発性または転移性乳がんの以前の乳がん処置レジメンが2種までである、医薬組成物。(請求項2以下省略)

(ii) 本件特許権2:特許6678783号「乳がんの処置におけるエリブリンの使用」
 優先日 2012/12/04、出願日 2019/1/18
【請求項1】(i)HER2陰性乳がんまたは(ii)エストロゲン受容体(ER)陰性乳がんを有するとして選択された対象の乳がんの処置のためのエリブリンまたはその薬学的に許容される塩を含む、医薬組成物。(請求項2以下省略)

争点
 原告は、被告が、原告医薬品の製造、譲渡等に対する差止請求権及び損害賠償請求権を有しないこと、予備的に、被告が、原告医薬品の薬価基準収載に基づく製造、譲渡等に対する差止請求権及び損害賠償請求権を有しないこと、さらに予備的に、原告医薬品は、本件各発明の技術的範囲に属しないと主張して、被告らとの間で、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認を求めました。これに対し被告らは、本件の訴えには訴えの利益が無いと主張しました。
 争点は次のとおりです。
 ① 被告エーザイRDに対する現在の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
 ② 被告らに対する現在の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
 ③ 被告エーザイRDに対する将来の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
 ④ 被告らに対する将来の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
 ⑤ 被告らに対する原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認請求に訴えの利益があるか。

判決
 第1審では原告の請求をいずれも棄却、第2審でも控訴は棄却されました。

2.注目ポイント

 本件は、パテントリンケージに対するやり場のない不満を裁判所にぶつけた事件と言えます。後発品を審査する厚労省が、申請された後発品は先発特許を侵害すると考えて後発品を承認しない(これが「パテントリンケージ」)という状況を打破すべく、後発企業が知恵を絞って「申請中の後発品は先発特許を侵害しないのだから、差止請求権も損害賠償請求権も存在しないことを確認して欲しい」ということを求めた確認訴訟です。要するに、パテントリンケージの課題が浮彫りになったというのが事件の本質なのです。しかし判決の内容をみても、パテントリンケージを理解しないかぎり本質はみえてきません。そこで以下、この事件の本質であるパテントリンケージの課題を抽出することに主眼を置いて解説しながら判決を要約します。

 確認の訴えについて裁判所は、「確認の訴えは、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁、最判昭和47年11月9日民集26巻9号1513頁参照)。」と述べました。その上で、本件では、本件各特許権の存在により、原告医薬品は、厚労省における審査でパテントリンケージ第一段階により承認されない可能性が高いし、承認されたとしても薬価収載前に事前調整(パテントリンケージ第二段階)が行われることを考えると、原告医薬品の薬価が収載され製造販売する蓋然性が高いとは認められないとして、訴えの利益を認めませんでした。
 つまり、まだ承認されておらず、今後もパテントリンケージにより承認や薬価収載されないような医薬品について、差止請求権や損害賠償権の不存在を確認するという訴えに利益はないということです。言い換えると、パテントリンケージで原告医薬品が承認されないことについて問題提起をした訴訟に対して、「パテントリンケージにより承認されないのだから」という前提で、侵害による差止請求権・損害賠償請求権が存在しないことの訴えの利益が判断されていることになります。さらに噛み砕くと、日本では、パテントリンケージにより後発品が承認されないことに対して不満があっても、後発企業はどうすることもできないことが判示されたと言えます。

 また、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認請求に関しては、裁判所は、二課長通知に基づくパテントリンケージの運用により後発品が承認されないことが、控訴人にとって問題であったとしても、そのことは控訴人と厚生労働大臣(国)との間の公法上の紛争であり、控訴人と被控訴人間の私人間の法律上の紛争ではない。公法上の紛争については、違法確認の訴え、厚労大臣に対する不服申立をすべきとしました。
 すなわち、パテントリンケージにより後発品が承認されないことは、後発品申請者と厚労省(国)との問題であって、先発対後発の問題ではないから、パテントリンケージに対して不満がある場合は、違法確認の訴え、厚労大臣に対する不服申立をすべきということです。確かにその通りですが、製薬企業が、医薬品の製造販売や価格を統制する厚労省を訴えたり、不服を申し立てたりすることは、日本においては製薬企業として事業ができなくなることを意味します。つまりここでも、パテントリンケージに対して不満があっても後発企業はどうすることもできないことが判示されたと言えます。

 さらに控訴審で控訴人は、「二課長通知に基づく実務がTPP11協定(第18・53条2項)に根拠を有するものとして許容されるためには、特許抵触の有無に疑義がある本件のような確認訴訟が提起された場合については、確認の利益を認めて裁判所が実体的な判断を示すことが必要であるなどとして、本件においては確認の利益が認められるべきである」と主張しました。しかし、裁判所は「医薬品の販売承認に当たって、特許抵触の有無に疑義があるとして本件のような特許権侵害に係る確認訴訟が提起された場合に、裁判所が確認の利益を認めて実体的な判断を示さなければならない旨を規定するものではない」として控訴人の主張を退けました。
 「TPP11協定(第18・53条2項)」に関しては、裁判所の解釈のとおりだと考えます。つまり、CPTPP18.53条2項のタイプのパテントリンケージを実施する以上、訴えの利益は認められないことが示されたのです。言い換えれば、またしても、パテントリンケージに対して不満があっても後発企業はどうすることもできないことが判示されたと言えるのです。

3.Takeaway

 日本のパテントリンケージは、厚労省の通知により運用されており、後発品の審査において「医薬品特許情報報告票」に記載された先発特許と申請された後発品との関係を確認します。この確認は、特許の専門家の判断を経ることなく薬事当局である厚労省が行います。一連の作業はブラックボックスの中で行われ、申請された後発品は「医薬品特許情報報告票」に記載された先発特許に抵触しないと判断されれば後発品は承認され(後発品承認は2月と8月)、逆に、申請された後発品は「医薬品特許情報報告票」に記載された先発特許に抵触すると判断されればそのまま放置されます。

 後発企業は、後発品開発と並行して、先発特許を調査し、パテントリンケージで問題となりそうな特許をあらかじめ特許無効審判等で潰すといった対策をとります。本件では、先発の承認後に出願された特許は無効になる可能性があり、このような特許により権利行使されないだろうと考えたためか、後発企業は無効審判を起こしていません。しかし、特許の専門家ではない厚労省の考えは異なるようで、とにかく「医薬品特許情報報告票」に特許の記載があれば心配だから承認しないという運用をしているかのように見えます。このような運用により後発品が承認されない、という理不尽な状況に陥っても、後発企業はどうすることもできないことが証明されました。

 この事件の後、マスコミに取り上げられたのが功を奏したのか(?)、2024年の8月にニプロの後発品は承認され、同12月に薬価収載されています。めでたしめでたし! ではありません。同時期に先発のライセンスによるAG(オーソライズドジェネリック)も薬価収載されていますので、ニプロの後発品とAGは同時販売開始となりました。もしパテントリンケージで正確な判断がされて、ニプロの後発品がAGに先んじて市場参入できていれば、ニプロ品は一定期間唯一の後発品としてのメリットを得、より大きなシェアを獲得できたに違いありません。つまり、パテントリンケージにおける判断の誤りにより、先発と後発の公正な競争が阻害されたことが明るみにでた、というのがこの事件の真の本質だと私は理解しています。

 現在、厚労省においてパテントリンケージの見直しが行われているようですが、このような課題や問題点にまで目を配ったうえで将来に向けて公正な仕組みが確立されていることを期待しています。

(執筆者:田中康子)

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